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公演後

皆さんこんにちは。


公演から3週間ほど過ぎました。

デワさんはバリに戻り、忙しい毎日のことと思います。
デワさん、寒い中日本で風邪もひかずに本当にご苦労様でした。
また、デワさんへお世話くださった皆様、本当に有難うございました。

私も通常の生活に少しずつ戻りながらおりますが、公演後、残りの仕事も続いております。

今回の公演の準備期間が一番長かったと思います。去年の9月末から準備をしはじめました。

もう半年も過ぎ、公演が終わったんですね。

まだ色々動くこともありますが、インドネシアの芸能関連の催し物が目白押しですので
たくさん出かけてみたいと思っています。

自分の勉強不足のところがたくさんあります。
少しずつもいろんな方々のステージや舞台を拝見し、たくさん勉強をしなくてはならないと思っています。

また 公演に関しUPをしていきたいと思っているのですが、私自身の仕事や生活なども立込んでまして
時間をかけて進めたいと思っております。

花冷えの日が続きます。
皆様、どうぞ体調にはくれぐれもお気をつけ下さいませ。


引き続きまして、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

森 


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パラワキア③ 他

皆様こんにちは。
花冷えの季節でしょうか?寒かったり暖かかったりのこのごろですが、 
体調の崩しやすい時期ですのでどうぞお気をつけてお過ごしくださいね。

公演の模様もご覧頂きたいところですが、すみません、もう少しお話しが続きます。
宜しくお願い致します。

今回は、首都圏、遠くは北海道から、名古屋、長野、仙台他、遠方からお出かけくださいまして
誠にありがとうございました。

また、お寒い中に開場時間のだいぶ前から、お並び下さいましたお客様、誠に有難うございました。
会場の準備などもあリましたために、開場はチラシ、告知掲載しておりました開場時刻どおり、開演の30分前とさせていただきました。
二日間にわたりまして本当に寒い日でして、風も吹いておりまして本当にお寒い中、ご来場くださいまして
誠に有難うございました。

ご来場のお客様へあらためまして心から感謝と御礼を申し上げます。

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パラワキアのお話しが続きます。

パラワキアだけではなく、色々な方面から書かせていただきたいと思います。

こうしてバリのことや舞踊に関することを書くことで私自身も大変勉強になります。
ですのでよろしかったらどうあお付き合い頂けましたならと思います。
どうぞ宜しくお願い致します。


パラワキア、 前回の記事で、アントニウス R プジョー プルノモさんの翻訳、そして奥様から
大変ご協力を頂き、デワニョマン氏から頂いた原稿などをもとにパラワキアの語りの原稿ができましたが
舞台を作るために色々な方面からのご協力と、地道な作業とがあり公演が開催されるということを今回も
感じずにおれませんでした。

(またしつこく書かせていただきたいのですが)
自分が実行委員長として、開催の責任者として、どこか欠けているところはないか、と
今でもずっとそのことを思い続けています。 
本番は無事にお蔭様で終了はしてもその前後、その後はとても大事です。反省と、そして皆様への感謝は、いつもどのようなときにも第一回の公演からその気持ちはこれからも持ち続けていきたいと思います。




それでは

パラワキアの続きです。

palawakya (君子の詠唱の踊り)

バリ島北部シンガラジャで Pan Wandres氏 により創作された踊り、パラワキアとは古典ジャワ語を使って
吟唱する詩の一種を指し、トロンポンと呼ばれる楽器を演奏します。

(前回の更新記事の続き、 今回の公演パンフレットに掲載の 一部より。 
国立アイルランガ大学教授 アントニウスRプジョープルノモ氏翻訳)

オランダ植民地時代、当時の中心地であったシンガラジャで、バリ島南部とは異なる特徴を持つ舞踊の形として稲妻の意を持つ「クビャール」と呼ばれる舞踊、音楽、ガムラン編成が生まれ、次第にバリ島南部にも広がりをみせると、観光の為の創作舞踊が盛んになりました。その流れでパラワキアも創作されたのです。2007年にブレレン県においてパラワキア・ワークショップが開催され、ブレレン文化局長を中心に今後パラワキアをバリ島北部特有の舞踊としてアピールしていく予定なそうです。

バリ舞踊のその多くは、インドからジャワを通じ、古代ヒンドゥー教、叙事詩を広める手段として、また宗教的教えをなすものとして舞踊の形が形成されてきました。その言語もサンスクリット語から古代ジャワ語(カヴィ語)、バリ語と多くの民衆が理解できるようにその形を変えてきました。旋律楽器であるトロンポンを演奏しながらプジャンガ(詩人)が語る古典ジャワ語をプナカワン(使いの者)が世間の人々が理解できるように現代語に通訳する役を務めます。


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デワニョマンさんが、このプジャンガの役、そして松重貢一郎さんがプカナワンの役でした。

デワさんが日本に到着をし、本番の前日もあわせて3回ほどのリハーサルのなかで、パラワキアを仕上げていかれました。本番に向かうまでのキャストの方々、監督さんとのやりとりスタッフさんとのやりとり、いろいろな場面が思い出されます。 

本番は一回勝負、この中でリハーサル、これまでの準備されたことすべてがステージで披露される。
緊張します場面でもあり、すばらしいことだと、まだまだ言いつくせぬ思いが溢れてきます。


私は本番のとき、数人のスタッフの皆様と受付にいましたが、ちょっとだけ中に入れて音楽を聴くことが
できましたが生の舞台はほとんどみることはなかったです。
ですが、本番の空気は受付にも伝わってきました。そしてその間にずっと今までを振り返り、祈りのきもちでいました。そして私を少しでもどうぞ、と受付担当のスタッフの方が私におみせしてくださろうと、その優しさが忘れられません。こういう優しい気持ちの中での公演、この公演を支えてくださった皆様のことを私は絶対にブログで書こうと思いました。ステージでのすばらしいご活躍をしてくださった、そして忙しい中にチケットを売ってくださったご出演者様や、こうして私のことを支えて下さったスタッフの皆様に心から感謝の気持ちでいっぱいです。

何回もブログで書いていますが、でも何回書いてもよいのではないかと思いました。

すばらしい舞台を皆様が助けて下さり、できました公演でした。


たくさんの画像が手元にあります、ですが、画像のまえに

私はこの思いをなんとかこの未熟な私の文章で伝えたかったです。


休憩時間にお弁当を皆さんで食べたことや、デワ氏を囲んで皆さんが盛り上げてくださったこと

リハーサルの帰りに電車の中で 色々語りあったこと、休憩時間におやつを食べながら色々うちあわせしたこと。

私がへこんだときに、励まして下さった皆さん、一つ一つの思い出が蘇ります。

公演終了後には皆さんで笑顔でおられた風景などが時間が経てば経つくらい思い出されるんですね。

舞台終了後には、舞台で写真撮影が行われましたが、撮影くださった細金久美さん(バリ舞踊家)、
一緒に撮りたかったのですが、今回は撮影をご依頼しましたが、たくさん撮ってくださいました。
ありがとうございます。

それから 撮影に一緒に写れなかったスタッフの皆様へ、ずっとそのことが申し訳なくて
一緒に写っていただきたかったのです。ですが色々と動かれてどうしても撮影に入ることができないスタッフの
皆さん、本当にごめんなさい。


本当にありがとうございました。


まだまだ公演の記事が続きます。

よろしかったらご覧下さい。

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パラワキア ②

皆様おはようございます。
ブログをご覧頂きましてありがとうございます。
なんともボキャブラリーの乏しい内容ですが、すこしずつ勉強していって少しはなんていうのか、勉強のあとがみえるような内容(バリに関して、バリ舞踊に関して)になったらいいなあと思います。どうぞ宜しくお願い致します。

デワさんが来日してる間、とっても寒かったですが朝、ご自分の吐く白い息にビックリされてました。
なんども白い息を吐いて驚いてたので、それを指さして「え?初めて?これ」って聞いたら「そう」と話ししてました。
寒い時期の来日といえば、2007年の11月に来ていただいたのですが、11月のときよりも寒く感じたそうです。
お友達がダウンジャケットをデワさんに貸していただき、助かりました。ありがとうございます。

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パラワキア(palawakya)no概要、背景などは当日のパンフレットに掲載されております。

Palawakya  ~パラワキア~

「パラワキア」は、バリ島北部の町“シンガラジャ”にて、Pak Kramca によって創作されました。それを初めて舞ったのは、Ni Luh Menek1939年~)と言う舞踊家です。Menek女史は、現在でも活躍されている舞踊家ですが、彼女が1995年に「Semara Ratih(バリ舞踊グループ)にて、パラワキアの一部を踊ったことによりパラワキアの魅力をさらに世間に広めるきっかけとなりました。バリ舞踊はおおまかに、①“ワリ~tari wali~(神聖な宗教儀式としての舞踊)、②ブバリ~tari bebali~(劇のように物語性を持つ奉納舞踊)、③“バリバリアン~tari balih-balihan~(奉納と観賞用や娯楽用の二面性を持つ舞踊)に区分されますが、パラワキアは③の類にあたります。オランダ植民統治時代、当時の中心地であったシンガラジャで、「クビャール」と呼ばれる舞踊・音楽・ガムラン編成が生まれ、次第にバリ島南部に広がりをみせると、観光のための創作舞踊が盛んになりました。その流れの中でパラワキアも創作されたのです。
旋律楽器であるトロンポンを演奏しながら、プジャンガ(詩人)が語る古典ジャワ語を、プナカワン(使いの者)が、世間の人々が理解できるように現代語に通訳する役を務めます。

       (国立アイルランガ大学教授、 アントニウス R プジョ プルノモ氏 )

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デワさんは、公演の約1週間前ぐらいに日本へ着きました。
トゥランブランさん、松重さんとのリハーサルが数回あり本番になりましたが、
そのリハーサルを目の前に、おのおのの皆様の迫力を感じずにおれません。
ただただ息を呑んで見学してました。

また、監督さん(山内新さん)と、本番と前日のリハーサルの打ち合わせや、御手伝いの皆さんとの打ち合わせなども何度もチェック。かけてることや、なにか忘れてることがないかなあと頭から離れることはありません。本番は当然受付や他に動くこともあり、当然見ることが出来ないのですが、でもご出演の方々とお昼とか、休憩とかで接してると何か本番へ向かう気持ちもこちらに伝わってきて、その緊張感は言葉になりません。本番の様子も受付に伝わってきてこちらも気分がぐっと高まって本番ならではの空気です。

また続きかかせてください~



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「BINTANG★Bintang2」 パラワキア①

皆様こんにちは。

デワニョマン氏の公演からもう10日も過ぎました。
画像UPもワクワクしてますが、自分の中ではやはり気持ちが高まってるうちに
書き留めておきたいことがたくさんあってきてます。ですが、前回(第4回 東京、京都公演)のときにも
あまりにたくさんありすぎて、また地元では大地震にみまわれたこともあり、公演が終わってからあんまり更新が出来なかった記憶があります。

自分が制作という立場から、様々な方面から公演の進行、準備をさせて頂き、大変勉強になったと同時にたくさんの方が関わってくださったことへの感謝の思いが更に強く感じられた公演でした。

貴重な体験をたくさんさせて頂き、またお客様とのやりとりもさせていただくなど本当にありがとうございました。

今回の公演でパラワキアを、櫻田素子様、トゥランブランの皆様、松重貢一郎様、と 翻訳にアントニウス御夫妻様で打ち合わせ、リハーサルが行われておりました。本当にありがとうございます。

翻訳と台詞完成にあたり、実行委員会メンバーのバリ在住のデサ プトゥさん(国立ウダヤナ大学在学中)に間に入っていただき)バリにいるデワニョマン氏と松重さん、アントニウスさんと台詞を仕上げて下さいました。数ヶ月~本番直前まで台詞をどのようにと話しあわれていらっしゃったようです。お忙しいなか、皆様今公演の為に、本当にありがとうございます。


このパラワキア、概要、背景、言葉の翻訳、台詞に直すなど、そういうことに関しては、まだまだ私自身が勉強不足で申し上げることが出来ないのですが、このパラワキアをなんとしても上演をしたいという思いで
いっぱいになったのが二年前でした。

Palawakya  パラワキア、「君子の詠唱の踊り」は、まじめで誇り高く美しい舞踊で音楽、
歌などの芸術を愛する王様の物語です。



細金久美さん、小泉ちづこさんのテアトルレゴンを 銀座小劇場で拝見したときに、
「あ~ もし叶うならここ同じ劇場で・・・」と 思って 
そのことが今回実現が出来たことに深く感謝をしております。

2007年のPKBでデワ氏がギャニャール県代表でパラワキアを踊り、バリ島内1位の成績。このパラワキアを日本で演奏をさせていただいたことは、ガムランのトゥランブランの皆様、松重貢一郎様、翻訳のアントニウス様のお蔭様です、本当にありがとうございました。

パラワキアの台詞がカヴィ語といって ジャワ語の古語らしく、これをまずはインドネシア語に訳し、その訳を日本語に訳し、そして日本語に訳しても今度はガムランのメロディにのせられるように台詞に変える作業と気の遠くなるようなやりとりを松重さん、アントニウスさん、奥様、で交わされました。

先ほどももうしあげましたが、
松重さんが舞台前でしたので、あまり色々伺ってもと思い、お聞きしませんでしたが、
私は声楽を勉強してる最中でして、松重さんが台詞をしゃべってるときの発声のことも大変興味がありました。
息(呼吸)に声をどのようにのせ、声帯の使い方、声帯と横隔膜と、腹式呼吸と、どのように使って声をつくってるのか、そして舞踊家のデワの発声はあの出し方でもちろん立派だと思いますが、松重さんの、あのようなすばらしい声をつくるにあたり
もちろんご専門の分野でいらしゃるので、少しでもその分野のこともお聞き致したくておりました。デワさんとリハーサルを参加させていただき、松重さんの声(声の質、声量 なども)に、
かもしだす雰囲気に魅了されてしまいました。


本番は、私はスタッフと受付におり、
生の舞台はほとんど見れませんでしたが、
リハーサルで十分に見せていただいてましてよかった!
受付で生の舞台の模様がはなれてる受付までもしっかりと伝わってきました。松重さん、デワさんとの掛け合い、すばらしかったです。

トゥランブランさんの生ガムランでパラワキア、今回の公演開催に至りましたこと
本当にありがとうございました。

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~ 翻訳の一部と、台詞に変える作業  抜粋~ 

Palawakya

     パラワキアは、まじめで誇り高く美しい舞踊で音楽、
歌などの芸術を愛する王様の物語です。

 

Kawiapa yapan iking aji……berate kata,

IndonesiaAsal mula cerita Mahabarata itu…..

Japan→マハーバーラタ物語が作られた源。(は)

Kawi

Sangkaning budi sang kawi

Indonesiakarena pengorbanan dari orang-orang suci

Japan→それは、聖人たちによる献身によって。(創作された)

~デワ氏の踊り~



(翻訳 アントニウスR プジョ プルノモ氏 現在国立アイルランガ大学教授、
現在東北大学大学院文学研究科博士課程に在籍)

すみません、palawakyaに関してと他、また続きは後日更新させてください。

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『BINTANG★Bintang2』を終えて

皆様、今晩は。
第5回デワニョマンイラワンの来日公演が終了し、4日ほど過ぎました。デワ氏が日本に到着し、
トゥランブーラン様、舞踊家様、スタッフ様との数回にわたるリハーサルから本番に向かうまでの一週間、
あっという間でした。言葉にならない感動と感謝で胸がいっぱいです。

無事公演が終了出来ましたこと、ご来場くださいましたお客様、後援、協賛下さいました皆様、
ご出演者様、スタッフ様、ご協力を頂きました関係者様方にあらためまして厚く御礼を申し上げます。

公演が終わり、翌日デワ氏を見送り、その後私も自宅に戻り、様々な残りの仕事を片付けながら、
「あー終わったんだな」と、、、皆さんと過ごした
日々がこうして時間とともに流れていくのでしょうが、来日公演の実行委員長としての責任と、
デワニョマン氏の体調の管理、そしてやはりお客様がたくさんいらしゃっていただきたいチケットは売れるだろうかなど、いろんな方向からみていかなくてはならない立場でもあり、責任も大きい。このプレッシャーは半端なものではなかった・・・です。

先にある結果が欲しければまず身近なところから固めなくてはならないと、自分に言い聞かせできたこの半年の
準備期間でした。

デワ氏が滞在し、ずーと続く寒さ。風邪をひかせてはならない、食べ物も、飲み物もおいしそうには食べているものの、彼は食べ物の量や種類にかなり神経を使ってる。
彼の表情や仕草から、今彼はどんなことを感じているのか、何を欲してるのかなど、これは今まで公演を続けてきて、彼を招聘し、彼が日本で少しでも快適に過ごしてもらえるようにと無我夢中で理解をしようとしてきたことでもありました。言葉の壁がより強くあるからです。
ガムラン奏者の櫻田素子さん、バリ舞踊家の小泉ちづこさん、監督の山内新さんとの11月の打ち合わせ。

また、今回パラワキアという日本初上演ということで、国立アイルランガ大学の教授(現在東北大学に博士号取得のため在学中)のアントニウスRプジョ プルノモ氏にパラワキアの翻訳を頼み、語りに阿佐ヶ谷バリ舞踊祭の実行委員長をなさっていらしゃる松重貢一郎さんをご依頼し、松重さん、アントニウスさん、バリにいるデワさんと台詞をどのようにガムランの音楽にのせたらよいかなども公演のぎりぎりまで打ち合わせが続いたようでした。

また、私が進行をさせていただく中で、不安に思うことなど、即、櫻田さん、山内さん、小泉さんにに
お聞きし随分と助けて頂きました。本当にありがとうございます。

また、公演が近づく中、トゥランブーランのメンバーの皆様、ご出演者様、スタッフの皆様からお励ましや、
チケットの販売のご協力もいただけ、公演の数日前に全公演満員御礼となり、本当に本当に感謝で公演を
開催できましたこと、ネット上では私のブログでリンクをしてくださったおります皆様にこのたびの公演の
告知をしていただけ、大変お世話になりました。
皆様方に心から感謝、御礼を申し上げます。

また、ちらし、パンフレットの完成されるまでにも随分と時間を費やします。
何度も何度も原稿を書き直し、チェックが続きました。
チラシのデザインを考え作ってくださった片岡国子さん、毎日のように、
二人三脚で本当にありがとうございました。

この舞台を支えてくださる監督山内新様はじめ照明の和田東史子ご夫妻様、舞踊家でいらっしゃいますが
今回ご依頼しましたカメラ撮影の細金久美様、
踊りでもご出演くださいましたがビデオカメラの撮影で 若林めぐみ様、安谷絵里様、
受付のお手伝いも小林純子様、スタッフでは中山美由紀様、宮沢巳起代 様、関むつみ様、
トゥランブーラン様のスタッフの小原様、そして、銀座小劇場の担当者様、他
本当にありがとうございました。


デワ氏のこれからの活躍を願い、デワ先生を心から信頼と尊敬を致します弟子でもあり、
実行委員長の立場でもある森が日ごろ思うことを、繰り返しになりましたが、おつたえしました~。

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